松瀬青々 (大阪市出身)

プロフィール  1969年4月4日 – 1937年1月9日

俳人。大阪俳壇の重鎮。俳句は正岡子規に学んだ。明治32年(1899年)、それまで勤務していた第一銀行を辞め、9月から明治33年(1900年)5月まで『ホトトギス』の編集に従い、明治34年(1901年)3月『宝船』を創刊し、のち『倦鳥』と改題し、その経営に当たった。
句集に『妻木』、また『巻頭言集』もある。書をよくした。

学歴

北浜小学校

主要作品

句集『妻木』

出典

「松瀬青々」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 2009年2月18日 (水) 15:50 UTC、URL:http://ja.wikipedia.org/

西宮とのかかわり

大手前大学玄関前の句碑 風呂吹きや”魚昆”(こん)の頭に味噌とろり

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