香櫨園
あらすじ:
動物好きな著者が、人生の中で触れ合ってきた主にノラ猫や雑種の猫を通してそこにかかわる人間や出来事がつづられているエッセイ。
著者が撮影した写真や挿絵の本は、猫と話す著者の目線から見た猫たちと関わる人々、また猫の目線を通して描かれる著者の姿などが、新聞社への通勤途中にあった懐かしい市場とともに描き出されている。
作品より引用
私は家から市場の裏路地を通って新聞社へ通っていた。(中略)香櫨園市場の裏路地ではいろんな猫がいた。
香櫨園市場を通りすぎると、角の一軒家の表戸の前に、白黒の子猫が犬のように帯ひもで繋がれていた。
市場のお菓子屋さんの裏口で、野良のトラトラは灰色の猫と遊んでいる。
甲子園の動物園へ、新聞社の仕事でレオポンの三匹の子供にインタビューに行ったことがある。(中略)二重網になっていたが、その内側へ入れてもらった私は、そのとき、豹の模様のスーツを着ていた。三匹は見慣れぬ動物だと思って、長いこと考えこみ、いぶかしげに見つめつづけた。私はこんな時の出逢いの瞳が大好きだ。
香櫨園駅近くの夾竹桃も、賑々しく夏の陽をさえずり謳っていた。この界隈は山の山頂から海に至るまで、川に沿って、桜、松、夾竹桃がこもごもに、着物のひき裾のようにうねりをもって流れている。桜の季節、人々は、川に沿って集ってくるが、夾竹桃の花咲くときは、誰も集ってはこない。
国書刊行会(2004年3月15日)の「のら犬・のら猫」に収録されている「のら猫トラトラ」には、ご本人が描かれた香櫨園市場周辺の略図が挿絵として掲載されている。
出典: 昭和53年12月15日発行 人文書院