香櫨園 苦楽園
あらすじ:
谷崎潤一郎の3番目の妻であった谷崎松子が80歳を超えた時に書いた、谷崎潤一郎との思い出や、細雪の回顧、着物への想い、女の意匠などがつづられている随筆集。
少女時代を過ごした香櫨園の家のことなどにも触れられている。
作品より引用
父は母のために阪神間に別荘を持ちたいと知人に頼んでいたらしい。が、母の死後、香櫨園に庭もゆったりとした、建物も悪くない家が見つかった。
中略
阪神電車の香櫨園駅から夙川の土堤を少し上り、平地へ下りた。ちょうど東海道線の真下に当たる場所で、貴社の音が少し気になったが、家の前は、その間かなりの空き地になっていた。
香櫨園の山手の方に、阪急線の夙川から六甲山の方へ入る、苦楽園というところに六甲ホテルがあった。そこへ夕食に誘ってくれたのが若き医学者T先生であった。食事を終えてバルコニーに出て、黄昏の空の色の美しさに心もなずみ、街の灯も刻々と光を増してくる頃であった。
出典:1998年9月30日 初版(中央公論社)
初出:「季刊中央公論文藝特集号」中央公論社