津門村・今津村など
あらすじ:
江戸時代中期、津門村の寺子屋の長女として生まれた幸が商いを学んでいく物語。
幼い頃から学問に興味を持った幸の才覚を見出した兄の雅由は、母の反対を押し切って幸に字を教える。しかし幸が慕っていた後継ぎでもある雅由が病死し、相次いで父も亡くなり、幸は9歳で大坂の呉服商に奉公へ出されることになる。奉公先でのいろいろな事に翻弄されながらも、幸は商いを学んでいく。
作品より引用
摂津国、武庫郡津門村。
背後に甲を伏せた形の山が控え、彼方の茫洋たる海。西宮との境に清らな津門川が流れ、十重二十重に田畑が連なる。あまた植えられた松の常緑も目を引く風光明媚な地であった。太古には海に面していたとされ、出船入船で栄え、武庫水門の名で呼ばれたと聞く。
津門川が注ぐ海は今津浦と呼ばれ、廻船や渡海船が多い一方で、鯛や白魚、鰯を始め、鱧、鰺、太刀魚、鯖、鰈、鱸、等々、実に豊富な種類の魚が獲れる。(中略)「牛の舌」と呼ばれる舌鮃が豊漁で、津門村でも好んで食される。
もとは海の神さま、今では市の神、商売繁盛の神さまとして信仰を集める西宮神社は、深い松林に囲まれている。神社へと続く道は信心深い老若男女で賑わい、街道沿いに小さな市が立つ。
武庫郡を代表する河川である武庫川は、「暴れ川」と化したなら手の施しようはない。水渦をあげれば甚大な被害をもたらした。(中略)この年は春先から雨が多く、津門川でも常にさらさらと心地よい水音が聞かれた。
出典: 高田 郁「あきない正傳 金と銀(源流編)」 時代小説文庫(ハルキ文庫)
初出: 2016年2月18日第一刷発行