仁川
あらすじ:
東京から来た映画女優の繭子。小田切の援助で贅沢三昧な暮らしをしつつ、若い現像技師を同居させたり、京都の真面目な学生と恋文のやりとりをしている。「小田切の道具に使われているんだ」と言いつつ、小田切をもてあそぶ繭子の一両日を描く短編。
作品より引用
繭子の住んでゐる家は、大阪と神戸の間、阪急電車の西の宮で乗り換へて、あれから寶塚へ行く線の、とある小さな停車場の近くにあつた。電車から見ると、まるで海岸の砂濱のやうな明るい白ツちやけた地面に、可愛い小松の林が續いて、幅は廣いが水はそんなに澤山はない一とすぢの川が、その間をちよろちよろと流れてゐる。(中略)東京の郊外の黒つぽい土を見馴れた眼には、洗ひ出したやうな綺麗な土の色が珍しかつた。
出典:「谷崎潤一郎全集 第十巻」1967年8月 中央公論社
初出:「改造」1925年7月号