苦楽園二番町(万象館)
あらすじ:
関東大震災によって、阪神間へと転居した谷崎。彼が関西初の居住地として選んだのは、当時苦楽園にあった「万象館」だった。東京に生れ育った作者・谷崎が、関西の気風を肌で感じとり書き上げたエッセイ。
作品より引用
大阪の人-―それも相当教養のあるらしい、サラリーメン階級の人々――は、電車の中で見知らぬ人の新聞を借りて読むことを、少しも不作法とは考えていないやうである。(中略)そのうちに夙川へ来る、芦屋川へ来る、いよいよ次ぎの岡本で降りようと思つて立ち上ると、やつとその男が返しに来た。見れば四十恰好の髯を生やした紳士だつたが、此奴の方では恐らく私が眼を覚ましたのを平気で読んでゐたには違ひないのだ。
出典:『谷崎潤一郎全集 第二十巻』 1982年12月 中央公論社
初出:「文藝春秋」 1925年 十月號