関学・上ヶ原病院(クリストロア)
あらすじ:
闘病生活を続ける姉に、自分の食べ物を与えて栄養失調死した義兄。その悲しみの中、姉の闘病を支え手を尽くす妹。ついに義兄の本に手をつける。その本の中に義兄が生きているのを感じながら、29年間、学問への情熱をうずめながらも病妻1人を養えなかった義兄のことを考え、日本の社会を考えるのだった。第21回芥川賞(1949年上半期)受賞作。
作品より引用
その夜私は姉が寝入ったすきを窺い療養所を抜け出した。あにが勤めていた学校の庭にミモザが咲いていたことを思い出し、それを盗みに行こうと思ったのだ。山裾の畑道を学校の方へ歩いて行くと黒々と海をふちどったN市の燈火が火の粉を散らしたように見えた。裏門から校庭へ入っていくとユーカリやさわらや檜などが枝をさし交わして星空を遮り、まっくらで何も見えなかった。
出典:『芥川賞全集 第四巻』 1982年5月 文藝春秋
初出:「作品」 1949年3月 3号