須賀敦子/『遠い朝の本たち』の「小さなファデット」

夙川

あらすじ:

須賀敦子の遺著。病床で最後まで手を入れ続けた本で、著者にとって想い出の深い、自身の記憶の中の本をめぐる物語。遠い記憶をたどるように語られている。

作品より引用

私たちが幼年時代をすごした家は、六甲山の山すそがもうすこしで海にとどいたという、起伏の多い土地にあった。藤棚につづく茶の間にすわって、細い小川が流れる低地をへだてた向こうの山を見ると、太陽に白くきらめく花崗岩の地肌に、アカマツやクロマツに下生えの灌木などそれぞれの微妙にちがった緑が映えて、都会からたずねてくる客は皆すばらしい眺めですね、とうらやましがった。山と私たちは呼んでいたけれども、それは六甲山脈につづく低い丘陵の一角にすぎなくて、山肌をびっしりおおっていた山つつじの群落を、私たちはごくあたりまえのもののように、毎日、眺めていた。春、線路に沿った道の葉桜の緑がようやく出そろうころには、山がうすむらさきにぼうっと明るんだ。

出典:1998年4月23日 筑摩書房

須賀敦子と西宮のかかわり>

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